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患者の達人

2012年スマイル夏号
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

出馬を泣いて止めた長女が
今では応援してくれています

患者の達人

上村 幸雄さん(60歳)

PD歴:1年10ヵ月、北海道
東室蘭サテライトクリニック

北海道登別市で市議会議員を務める上村幸雄さん。議会に、視察に、毎日精力的に活動をされています。

血液透析では議員の仕事はできない

上村さんがPD(腹膜透析)を導入したのは約2年前のこと。体調の悪さから病院で検査を受けると、糖尿病で、しかも腎機能が20%程度しか残っていない状態であると診断されました。「50歳くらいから健診で糖尿病の疑いと指摘されていたのですが、ちゃんと治療を受けてこなかったことが悔やまれました。血液透析を始めると1日おきに4時間拘束されると聞き、議員は続けられないと本当に不安を感じましたね」と当時を振り返ります。その後、文献やビデオなどで仕事を続けられる治療法はないかと調べ、PDのことを知りました。そして、当時通っていた病院から、現在の東室蘭サテライトクリニックを紹介され、夜間器械で行う腹膜透析(APD)を開始しました。

PDを始めると、だるさなどの体調不良は大きく改善、「透析を始める前の数年間は、元気だった頃の半分以下しか動けなかったのですが、今では、一番元気だった頃と比べても8割は動けている感じです。今年は趣味の釣りも本格的に再開したいですね。以前は年間30回くらい行っていたんですよ」とうれしそうです。そして、「最近はウォーキングが日課。毎日1万歩は歩くことにしています」と快調な毎日を過ごしている様子がうかがえます。

もっとPDを知ってほしい

上村さんは夜10:00から朝6:00までAPDを行い、日中は透析導入前と変わりなく、忙しく飛び回っています。しかし、夜は早めに帰宅するそうで、「病気をきっかけにまっとうな人間になりました(笑)。これまでいかに体に負荷をかけていたか気づきましたね。宴会も一次会で帰るようにして、お酒もやめました」と話します。仕事柄どうしても外食が多くなりますが、外食は塩分もカロリーも多いので、半分残すなどの工夫をしています。奥様のサポートも大きいそうで、「手洗いやうがいなど、うるさく言われます(笑)。食事の面でも塩分を控えめにして、野菜を多くするなど気を遣ってくれます」とのこと。また、年に2~3回、泊りがけの視察に行く際には、ホテルに器械と透析液を送り、自宅にいるときと全く変わらずAPDを行っています。

議員としての職責を胸に、精力的に活動する上村さんですが、前回の選挙の時はPDを導入したばかりということもあり、出馬するかどうか、かなり迷ったそうです。「娘には泣いて反対されました。でも今は『顔色もよくなったし、よかったね』と応援してくれています」。

「PDがなければ議員は続けられなかった」と語る上村さんは、 自分が"PDの広告塔"となって、もっと多くの人にPDを知ってもらいたいと考えているそうです。「透析をしていても、PDで仕事を続けることで、日本の経済にも貢献できると思うんです」と話します。

さらに「透析になったのは仕方がないこと。これから何ができるかを考えた方がいいですよね。家に引きこもってしまうのはもったいないので、ぜひ目標や夢を持って進んでほしいですね。PDならそれができますので」と同じ患者さんにエールを送ってくださいました。

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病院スタッフからのメッセージ

東室蘭サテライトクリニック(日鋼記念病院) 所長 伊丹 儀友(のりとも)先生

上村さんは「"PDの広告塔"になる」とおっしゃり、自分の経験を伝え、他の患者さんを励ましてくださいます。病気に負けることなく、病気をコントロールしていらっしゃいますね。PDは患者さんの裁量権が大きい治療法です。患者さんは、やりたいことや希望を遠慮なく医療者に伝えてください。それに応えていくのが私たちの役目です。上村さんのように病気に対して戦略的に、前向きに向き合っていただけたらと思います。

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