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患者の達人

2013年スマイル冬号
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

作った野菜が人に喜ばれる・・・
これが生き甲斐です

患者の達人

松岡 治さん(90 歳)

PD歴:3年9ヵ月
健和会病院 透析内科

南アルプスの雄大な自然に恵まれた長野県の大鹿村。澄んだ空気が満ち、明るい陽光が降り注ぐこの地に、90 歳でPDを続ける松岡 治さんが暮らしています。

後列左から、久保田利恵さん、久保敷彰子主任。前列 左から、熊谷悦子先生、松岡 治さん、井原光子課長

自分で決めたAPD

生まれは1923年(大正12年)。12歳で菓子店に奉公、その後応召し、終戦後は当時のソ連での3年間の抑留生活を経て復員。父親の大工仕事の手伝いから始め、地元や東京で建設の仕事に携わり、その傍らケーキや和菓子を作りながら、生計を立ててきました。その間には、1961年に起きた山の大崩落で息子さんを失うなど、様々な苦労もありましたが、今は畑仕事を友として、63年連れ添う妻の笑子さん(83歳)と、穏やかな日々を送っています。

働き者の松岡さんの体調に、最初に異変が起きたのは、今から15、6年前のある週末。村内の工事現場で、通常なら昼休みは仲間と休憩を取るところ、「体がえらい(つらい)から家で休むわ」と自宅に戻ることがありました。週明けに診療所で診てもらったところ、心筋梗塞で即入院。しかし、間もなく回復し、また元の生活に戻ることができました。ところが、今から4年半程前、たまたま診療所で診察を受けた際、医師から大きな病院で腎臓の検査を受けるよう勧められたのです。

検査の結果はすぐに透析を考えなければならない程の状態。松岡さんはその時初めて、透析にもいろいろあることを知りました。「この近所には透析ができる病院がないし、病院の近くに泊まって1日おきに透析を…、とも言われましたが、そういうわけにも。家でできる透析がある。それも、夜だけでいいのもあると。これなら『昼間は畑ができますよ』と言われて、自分でそれに決めました」。この時、すでに86歳を過ぎていましたが、「手順を覚えるのは難しくはなかったですよ。最初は管が多くて『こりゃ、大変そう』と思いましたが、やってみるとそうでもない。やり方が悪いとたまにピーピー鳴りますけど、その時はコールセンターに電話をかけると教えてもらえます。『困ったときには』という本ももらってありますし」と、なんとも頼もしい限りです。

通院もAPDも全部自分で

自宅の縁側で。着ているシャツは裁縫の得意な笑子さん作 自宅の縁側で。着ているシャツは裁縫の得意な笑子さん作

畑仕事は松岡さんの生き甲斐。作ったものを売るわけではありません。夏ならトマト、ピーマン、なす、冬は長ねぎなどを作り、近所の人や、東京で飲食店を営む娘さん、知り合いに配ったり送ったり…。「ほかにどんな技術も持ってないし、百姓でもやらなければどうしようもないですから( 笑)。作っては配り、作っては送り…。喜ばれると、それで満足なんです」と微笑みます。笑子さんも「『やっぱり味がぜんぜん違う』と言われるんですよ」と、野菜の話になると2人で笑顔になります。

"活躍の場" である畑は自宅から車で数分の場所。そうです、今も運転をしているのです。しかも、2週間に1回は片道1時間かかる病院へも自分の運転で通院しています。「運転が好きなわけではないけれど、必要だから。昔は大型車で材木を運んでいました」。8月には免許の更新手続きも終えました。

松岡さんの1日は、早朝4時半か5時頃のAPD終了でスタート。排液を片付けた後、ゆっくりと朝食を取り、8時頃から手動で長時間貯留できる透析液を入れ、その後は自由時間です。午前中1~2時間、昼食と昼寝を挟んで午後からも1~2時間、畑仕事に精を出します。夜は午後8時頃、テレビを見ながらAPDを始めます。

現在は体調もよく、「カリウムの値もよいので、生の果物も食べられます。ただ、塩分だけは気をつけています」とのことです。元気で長生きの秘訣をうかがうと、「特にないけど、生きてるし、しょうがない…(笑)」という答えが返ってきましたが、近くを通るリニア新幹線の話など、新しいことへの興味も津々な松岡さんでした。

病院スタッフからのメッセージ

健和会病院 透析内科 透析センター長 熊谷 悦子 先生

松岡さんは86歳で腹膜透析を始めて、今年90歳になられました。南アルプスのふもとの山の畑で野菜を作って、奥さんと2 人、助け合って暮らしています。今までの暮らしを変えたくないというご本人の強い意志が、松岡さんを支えているのだと思います。村の診療所、役場の皆さんも理解していただき、落雷の停電のときには、自家発電装置を持ってきてくださったそうです。「高齢者にとって腹膜透析はいい治療だ」と思っている私たちにとって、それを文字通り実践している松岡さんは希望の星です。これからも、元気で治療を続けていただきたいと思います。

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