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患者の達人

2014年スマイル秋号
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

PDで、
大好きなニュージーランドでの
暮らしを再び

患者の達人

瀬戸 英龍さん(78歳)

PD歴:1年7ヵ月
長崎腎病院

「定年退職後は海外に住みたい」という夢をかなえ、約20年間、1年の半分をニュージーランドのクライストチャーチで、残りを地元の長崎で過ごしてきた瀬戸さんご夫妻。2011年2月22日にクライストチャーチで起きた地震後は、長崎でお暮らしでしたが、英龍さんのPD導入を経て、ニュージーランドでの生活が再開しつつあります。

ご夫妻はともにクリスチャン。「ポール(パウロ)」と「マリア」というクリスチャンネームで呼び合っています。

PD導入時に腎臓がんを発見

元英語教師だった英龍さん。ニュージーランドではボランティアで日本語教師や日本からの留学生支援など、充実したセカンドライフを過ごしていました。そんな英龍さんの体に異変があったのは、2009年11月。腰に痛みを感じましたが、ぎっくり腰だと思い、受診はしませんでした。しかし、日本に一時帰国した際、尿管結石で左の腎臓が壊死していることが判明。そこから急激に腎機能が低下していきました。そんな中、ニュージーランド滞在中に地震に遭遇。命からがら逃げ出して、4日後に緊急帰国。治療を続けていましたが、地震で体に無理がかかったこともあり、昨年2月に腹膜透析(PD)を導入することになりました。

「最初は血液透析(HD)の予定だったんですよ」と奥様の千鶴子さん。「当時、私も地震のストレスで体調を崩し、病院に通っていました。そこで主人のことを話すと、先生がPDについて教えてくれました。主人の主治医の先生も『瀬戸さんならPDがよいかもしれませんね』と、今お世話になっている原田先生を紹介してくださいました」。英龍さんは「PDで命拾いしました」と当時を振り返ります。PD導入前の検査で、壊死した腎臓ががんになっていることが発見され、摘出手術を受けました。「PDにしなければ、がんは発見されなかったでしょう」と英龍さん。現在は1日4回のCAPDを行っています。

待ちに待ったニュージーランドへ

ニュージーランドでの写真の数々。現地でできた多くの友人との交流を楽しんでいます。 ニュージーランドでの写真の数々。現地でできた多くの友人との交流を楽しんでいます。

緊急帰国から約3年経った今年1月、お二人はやっとニュージーランドに戻ることができました。現地の部屋の修理に時間がかかっている間に透析導入となり、長い間戻れなかったお二人にとって、待ちに待った2ヵ月間の滞在。現地の友人たちも久しぶりの再会を喜び、一緒に楽しい時間を過ごされたそうです。「原田先生が英語で紹介状を書いてくださり、出国前に病院を予約して行きました。透析液も予定通りに届き、安心しました」とPD導入後の初滞在を終えた英龍さん。「PDは、HDに比べ行動の自由が利くので、できるだけ動いて人生を楽しみたいですね。日本では、PDを導入する人は少ないそうですが、ニュージーランドでは3人に1人はPDと聞きました。向こうには多くの仲間がいることを心強く感じますし、日本にも仲間が増えてほしいですね」とPDへの思いも話してくださいました。

最後にニュージーランドの魅力をうかがいました。「南半球なので、日本とは季節が逆で新鮮な気持ちになれます。自然も素晴らしく、住む場所を見つけるために世界中を旅した中で、『ここしかない』と思いました」(英龍さん)、「こんなにきれいな国があるのかと思いました。自然の水も豊富で、野菜も安いし。人を大事にする国で、非常に住みやすいです」(千鶴子さん)と語り尽くせない様子。

最近は虚血性脳梗塞や狭心症と、腎臓病以外の治療も続いていた英龍さんですが、「次のニュージーランド行きを目標に体力をつけたいです」と、大好きなニュージーランドに向かう前向きな気持ちが、お二人の笑顔に表れていました。

後列左から、白井看護課長、白濵看護主任、主治医の原田孝司先生 後列左から、白井看護課長、白濵看護主任、主治医の原田孝司先生
病院スタッフからのメッセージ

医療法人衆和会 長崎腎病院 院長 原田孝司先生

PDは世界的に普及した腎不全治療の1つで、日本から外国に旅行する患者さんも増加し、国際間での治療の病診連携が必要となってきました。この度、ニュージーランドに住居をお持ちで、日本に一時帰国されていた間にこちらでPDをはじめられた瀬戸さんが、ニュージーランドにお帰りになりました。現地には日本のUVフラッシュ方式がないため、渡航前に交換させていただきました。現地でのPDの管理は主に看護師が担っていることに少し戸惑われたようですが、2ヵ月滞在後に無事に帰国されました。今後も日本とニュージーランドを行き来されるとのことですので支援させていただきます。

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