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患者の達人

2015年スマイル秋号
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

家族が一体となって
PDライフを支えています

患者の達人

進藤 英治さん(85歳)

PD歴:6ヵ月
山形愛心会 庄内余目病院

腎臓を悪くし透析が必要となった進藤さんを、前向きに支えてくれたのは家族でした。一緒に生活をしながら治療に協力する家族の力は、今も変わりません。これからは家族と共に、楽しみを増やしていきたいと考えています。

「もう少し生きてください」と家族に言われ

進藤さんが住んでいる所は、山形県の北部、奥様の京(きょう)さんと娘さんの3人で暮らしています。冬は雪が多く、2メートル近くまで積もります。

1999年の9月、進藤さんは体のだるさと苦しさを覚え受診したところ、前立腺肥大から尿が腎臓に逆流して腎不全を起こしていることがわかり、すぐに入院するよう医師に促されます。点滴と厳しい食事療法で腎機能はかなり回復しましたが、退院直後から不整脈が出るようになり、心臓の血管3ヵ所にカテーテル療法でステントを入れました。

心臓の治療を行いながら、日々の食事にも気を使って過ごしていた進藤さんですが、2014年6月に再び体のだるさを覚えます。検査の結果は慢性腎臓病の増悪。医師から透析を勧められました。「先生から『将来必ず透析が必要になります』と言われていたので、とうとう来たかと思いました。高齢だし、透析をせずにこのままでも……とも思ったのですが、家族に『もう少し生きてください』と頼まれまして」と、笑いながら当時の複雑な気持ちを語ります。

進藤さんのご自宅から病院までは車で40分。吹雪の日は外にも出られないほどで、通院すらままなりません。毎回腕に針を刺し、週3回通院する血液透析(HD)は大変と考え、家族と相談して腹膜透析(PD)を選びました。

その年の11月にカテーテルを留置する手術を受け、PDの練習を開始した進藤さん。「不安はありましたが、一生懸命やればできると思い、入院中は毎日説明書を見て必死で覚えましたよ」。最初は娘さんと一緒に手順書を見ながら行っていた操作も、3日目からは1人で行えるようになり、「機械の指示よりも先に操作してしまい、最初からやり直すことがよくありました」と笑って話します。

前列右から2番目より、齋藤中哉医師、進藤さん、成田美保子師長と透析室スタッフの皆様 前列右から2番目より、齋藤中哉医師、進藤さん、成田美保子師長と透析室スタッフの皆様

趣味のパークゴルフに旅行、楽しみがますます増えていきます

昼間の時間を有効活用できるように自動腹膜透析(APD)を始めた進藤さんは、毎朝6時に起床します。後片付けと排液の処理は娘さんがサポート、排液の状態もしっかりチェックしてくれるそうです。日中は、庭のお花や野菜に水やりをし、散歩をしたり、車で奥様とスーパーへ出かけたり。冬には雪かきという大変な仕事も加わります。夜は20時に機械を設定し、お風呂に入るなどして22時には就寝します。

進藤さんはもともとスポーツが大好きでパークゴルフを趣味にしています。指導員の資格も取得し、以前は毎日のようにパークゴルフ場に足を運んでいましたが、体調悪化とともに3年前からやめていました。PDを始めてからは、胸が苦しくなることもなくなったので、また少しずつパークゴルフを楽しみたいと考えています。もう一つ実現したいことは、奥様と一緒に大好きな旅行をすること。「車で運転しながらゆっくり山形県内を旅行できたらと思っています」。PD開始以来、これからの楽しみがますます増えていく進藤さん。病気を理解し支えてくれた家族には、心から「ありがとう」と伝えたいと話してくださいました。

病院スタッフからのメッセージ

山形愛心会 庄内余目病院 腎臓内科 齋藤 中哉 医師

透析を敬遠し続けて緊急導入となる患者さんも多い中、進藤さんは、ご本人もご家族も透析が必要なことをきちんと理解して、前向きに余裕をもってPDライフに入られました。腹膜炎や手技の間違いなどのトラブルもなく、ご家族が進藤さんを常に支えていて本当に立派だと思います。今後も趣味や旅行など、PDライフを大いに楽しんでほしいですね。

透析センター師長 成田 美保子さん

進藤さんは、PDとともに生活を楽しみ、そのお手伝いを私達がしている形です。入院中も、APDのパンフレットを見ながら復習していて、自分で覚えようという意識が高く本当に感心しました。これからも元気で過ごしてほしいですね。

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