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患者の達人

2017年スマイル夏号
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

病気やPDを理由に行動をせばめず
アグレッシブに!

患者の達人

東向 旬子さん(60歳)

PD歴:1年3ヵ月、保育士
公益財団法人 天理よろづ相談所病院

2015年末に腹膜透析(PD)を導入した保育士の東向さんは、仕事に遊びにと全力で走り続けています。理解ある周囲の人に恵まれた充実のPDライフをお聞きしました。

主治医と子どもの言葉をきっかけに気持ちを切り替え

昼間は保育士として子ども達と向き合い、夜は自治労社会福祉協議会の会議や学習会に出席するなど、多忙な日々を過ごしてきた東向さん。以前から糖尿病を患っていましたが、2015年2月には腎機能の悪化を指摘されました。服薬治療を始めたものの、経過は思わしくなく、8カ月後には透析が必要と告げられます。仕事を続けたいとの思いが強かった東向さんは、インターネットでPDのことを知り、主治医の金子先生に相談して、PDを選択しました。その時点ではさほど不安も感じなかったそうです。

しかし、いよいよ治療を開始するとなった入院中、急に不安がこみ上げてきました。「PDなんて選ばなければ良かった、生きていられない、なにより仕事ができない、と気持ちが落ち込み堪えられなくなって、看護師長に相談したんです」と当時を振り返ります。すると、看護師長が「先生に正直な気持ちを伝えてみては?」と話をする機会を設けてくださり、正直な気持ちを伝えると、いつもは寡黙な先生が「東向さんは仕事への不安ばかりを言うけれど、まずは自分の命を大切にしないと。命あっての物種ですよ」と、切々と諭してくださったのです。

先生の言葉に励まされ、PDを始め、仕事に復帰したある日、突然、園児の女の子に「先生、そんな怖い顔をしていてはダメ。笑って! 私、先生の怖い顔は嫌い、笑っている顔が好き」と声をかけられたと言います。その言葉を聞いた東向さんは、「これまで子どもの心を一番大切にしてきたのに、自分の暗い顔が子どもの心を傷つけていた」と、ハッとしたそうです。先生とこの女の子の言葉をきっかけに気持ちが切り替わり、前向きにPDをがんばろうと決意したと教えてくださいました。今では、会議に合わせて治療開始時刻を調整するなどしながら、APDで夜間に透析液の交換を行い、透析導入前と同じように仕事を続けています。

スタッフの皆さん(前列左から奥村紀子先生、金子嘉志先生、提箸隆一郎先生、後列左から大成明香さん、右が松永典子さん) スタッフの皆さん
(前列左から奥村紀子先生、金子嘉志先生、提箸隆一郎先生、後列左から大成明香さん、右が松永典子さん)

理解ある友達と一緒に行ったドイツ旅行が自信に

PDを始めた当初は誰にも知られたくないと周囲の人には黙っていたという東向さんですが、あるとき勇気を出して友達に打ち明けてみました。すると、その友達は「誰にでもなる可能性があることだし、隠すことじゃない。協力できることはするよ」と理解し受け止めてくれたのです。それからはPDを行っていることを積極的に口にするようになり、「PDの認知度が上がって理解が深まれば、より受け入れられやすい。一般の人にも知ってほしい」と、考えるようになったそうです。

「病気やPDを理由に"できない"と言わないように。ネガティブではなくポジティブに。ポジティブよりもアグレッシブに」をモットーとする東向さんは、このお正月に、PD導入後初めての海外旅行で友達とドイツを周遊。旅行中はCAPDに変更し、1日3回のバッグ交換を行いながら、観光を存分に楽しみました。「今回、健康体の人と一緒のツアーでも十分対応できることがわかり自信がついたので、次はニュージーランドに行こうと友達と話しているんですよ」と語る東向さん。定年退職後も再任用制度により保育士を続けていくことを決め、仕事に遊びにと立ち止まることなく走り続けています。

ドクターからのメッセージ

公益財団法人 天理よろづ相談所病院
副院長(兼)腎透析科 部長 金子 嘉志 先生

「どうしても仕事を続けたいから」と、PDを希望された保育士の東向さん。導入後も、会議、学習会で全国を飛び回り、合間には趣味の旅行を楽しんでおられます。旅先での食生活が検査結果に反映することを心配されてか、診察のたびに外食日の記録を持参して来られます。その中にちらほらと「飲み会」という記載を見かけると、血液透析に比べて制限の少ないPD 生活をエンジョイされていることに内心笑みがこぼれます。これからも充実した生活を送れるようサポートしていきたいと思っています。

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